
代表 もちづき
「いつになったらクリエイターとして納得できる日が来るんだろう?」と不安を抱えていませんか?僕もずっと悩み続け、そして答えを見つけました。「その悩み・苦しみは解決されることなく、一生続きます」
なぜなら心のなかにある黒い部分こそが作品を生み出すパワーになるからです。もしも満足感や楽しみが多くなったらなら、刺激的な創作活動は難しくなるでしょう。
たとえば僕は、ある時期に「満足感を自ら捨てている!?」と気がつきました。ひとつの作品を完成させ至福を感じる夜もあります。が、次の瞬間「もっと良い物を!」と考え出してしまいます。過去のご褒美を楽しむ時間よりも、次作を悩み苦しむ時間を選択してしまうのです。
中には充実してみえるクリエイターもいますが、彼らも見えないところで死ぬほど苦労してるのを、僕たちは知っています。
辛いことや孤独も多く、一生満足することもできない活動ですが、もし「生まれ変って好きな人生を選べる」としたら、今と同じ人生がいいです。あきらめずにクリエイターの人生をやってきてほんとうに良かったです。
子供の頃からいつも孤独で、社会人になっても団体行動に違和感がありました。たいてい重要なポジションに就いたので適応が出来ないわけじゃないのですが、なぜか「自分の居場所はココではない」という焦りのようなものが常にありました。幼稚園の頃から「おとなになったら自分の会社作って独りで仕事したい」と思ってて、実際に20歳ころに独立しました。
肉体労働・経営や人事・接客業などできるものは何でもチャレンジし、努力と知識と経験を積み重ね、年収にこだわって「成功者」のグループに入ることもできた。お金も友達も美味しいご飯もたくさん手にいれました。にもかかわらず、あまり楽しんでいない自分に気が付きました。むしろ辛い思いをすることのほうが多かった。「そうか・・・自分のゴールはココじゃなかった」その場所から立ち去るのに未練も時間も不要でした。
社会や他人と関わることにまったく興味がなくなり、けっきょく自分ひとりの孤独な生き方にもどりました。誰に見せるわけでもない文章や絵や模型をひたすら作って、あとはずっとネットしてました。
あるとき「あなたの作品を売って欲しい」というメールが来ました。最初は「ひさびさに焼き肉がたべられるかも!」程度に喜んでました。しかしあっという間に世界各国からビジネスやファンレターが来るようになりました。自分の好きなことをしてるだけで他人が喜んでくれる。社会に貢献できてる実感がありました。
やがて「ずっと孤独だった」という人たちと出会うようになりました。みんななんらかの才能を持った人たちでした。やっと自分の居場所を創ることが出来ました。
「自分はちょっと変わってて、小さい時からいつも独り」っていう人。無理して平均値に合わせるよりも、自分の感性を表現して、同じタイプのコミュを探したほうが幸せになれると思います。マイナーだとしても、自分の居場所はどこかに有ります。
自分の創造物を自信をもって「作品」と呼べるのは、よほど実績のある人か、または「自信過剰の勘違い」じゃないか? 作家だの作品だのと自称する自信がなかったが、自分の作ったものを「作品」と呼び「作家です」と自己紹介するようになったキッカケを思い起こしてみました。
■順調だった時期
クリエイター活動を数年続けて、お客様からのオファーで生活が成り立つようになっていました。が、その時点では「制作物」とか「完成品」と呼んでいました。 まだまだ「作品」などと言える自信などなかった。
それよりも、多数のライバルたちが生まれては消えていく厳しい業界で、生き残ることができるのか?そもそも才能なんてないのでは?そんな不安のほうが大きかった。
さらにオファーも増えて、リピータのお客さんだけで1年先まで予約で一杯という状況になった。その業界では「上から数えて何番目」になり、 ある程度の自信もつきました。まだ誰もやってないアイディアが溢れ出し、多くの人に注目されているのを肌で感じました。でもまだ「作品」と言うのはおこがましいと思っていました。
■登ったあとは、下り坂
それまでは技術的評価がほとんどだったが、だんだんと「作ってもらった作品を毎日眺めてます」 「家に帰って作品を見ると仕事の疲れが取れる」といった精神的な感想をもらうようになりました。子供からは「将来同じ仕事をしたい」と言われ、海外では「Artist」
と紹介されたり。自分のデザインの盗作も出回るようになった。
そろそろ作品と言ったほうが自然かな、と意識し始めるのだけれど、そのことこを悩む余裕はなかった。上を見れば果てしなく高くて魅力的な人がたくさんいたし、もっともっと表現力を上げられる自信もあった。「まだまだ未熟」といえば謙虚に見えるが、逆にそれは、呪いの言葉のように悪いプレッシャーになっていた。手作業も24Hでは足りなくて。休んでるヒマはない。食事や睡眠なんてムダだし時間がもったいない。そうしていつのころからかトイレに行く時間さえ罪悪感を感じるようになっていた。
■そして、倒れた
作業中に意識を失い、起きては作業再開してまた倒れる、を繰り返す。そんなのを数ヶ月。あるとき「いつものように倒れた。でもいつもと違って意識はある。なのに起き上がれない。全身の細胞がブルブル震えてる」「もう何時間、こうしているのだろう。もしこのまま意識をうしなったら・・・」になったとき、これが自分の頑張りの限界なんだな、とわかった。173cm60kgの体重は43kgになっていた。
医者からは強制入院を言い渡されるが、安静にしていられるはずもなく、どうしてもいま受けている仕事だけでも終わらせたいから、起きて仕事して意識を失って起きて仕事して・・・を繰り返す。
仕事は「新規受付休止」と告知したにもかかわらず、新規依頼メールは増えていく。心身ともにモノを作れる状態じゃなかったので断腸の思いで断るのだが、お客さんの期待を裏切っているように感じてしまい、自分を責める。断りの言葉を選ぶのが辛く、かといって受けたら体重と命が削られる。どっちを選んでも辛い。楽な選択肢がない。
自分はもうココで終わりなのかな。違う意味でのゴールが見えてる気がする・・・
もう一人で歩けない状態なのに、オーダーと収入は増えていくというバランス悪い活動を約1年。技術的・表面的な好評は得られるものの、感情のこもった声援は減ってしまった。お客さんや視聴者さんの心が離れていくのを感じ、あれほど好きだった創作は辛いし貯金は底が見えるし。自分の存在価値が静かに少しずつゼロになっていく。
「孤独死」ってテレビの中の遠い他人の出来事だった。けど、なるほど。こういう感じか・・・
■長い長い立ち直り
やがて仕事も減って、少しだけ時間と心が余るようになった。ここでしっかりリフレッシュしよう。創作活動は最小限にして、普通の人間に戻るためにどうしたらいいのか試行錯誤しました。先輩クリエイターたちがどうやって生き抜いてきたのか、どうして「自らグッバイ」したのか。過去の人の人生を調べたり、生きている先輩に会って話を聞いたりしました。
そこで衝撃のアドバイスに出逢いました。
「作品というのは、どんなに気を使っても、多くのスタッフの手を経たとしても、作者の精神状態が作品に現れてしまう性質をもっている。観客はそれを無意識に感じ取る」「後悔するような作品を世に出してしまうと、一生苦しむことになるよ」
まさに今の自分、そのものでした。 これまで「作品」というものは「キレイで美しい物」というイメージだった。けれど「悪い作品」も存在し、送り手も受け手も大きく影響されてることを実感している。 モチベーションの低下、健康不良、お客さんの心離れ・・・やればやるほど辛くなる創作活動。
今なら自信を持って言える。「僕のは(悪い)作品だ!」
「魂を込めた作品」みたいなスゴイものは創れないと思っていた。けど、いまの僕は「悪い魂」を込めることができている!自分の命を削って(体重を削ってw)創ったのだから、作品に命が宿っているように感た。だったら「良い魂」を込めることもできるはず!これに気がついたとき、暗闇から抜け出すことができました。
過労で倒れてしまうような働き方はプロフェッショナルとは言えないということも勉強しました。先輩方に頼ることも、若いスタッフに任せることも、辛いときは助けを求めることも、積極的にやっていいんだと知りました。お客さんに「体調不良で納期を延ばしたい」と言ったら「無期限でいいです!ゆっくり休んでください!」と言われた。これまで他人と関わるのが苦手だったのに、さいきん出会う人たちはとても居心地が良い・・・しかも一方的に恩恵をもらっている。
ドロドロの暗黒の底なし沼から立ち直るまで、多くの人の優しさに助けられました。感謝の気持ちは一生忘れません。その恩返しは、これから良い作品を創っていくことだと思っています。
■新たな活動
それから年月が経ち。生き詰まっている若手クリエイターから相談を受けるようになりました。自分が経験してきたことを、先輩たちから受けた恩を、若手に伝え育てることも自分の役割なんだなと感じるようになりました。
ある程度までは一人で頑張ることが必要です。でも、ある程度からは他人と関わったほうが良いものが作れます。その判断は若い人には難しいものです。
「自分はちょっと変わってて、小さい頃からいつも独り」っていう人。無理して平均値に合わせるよりも、自分の感性を表現して、同じタイプのコミュを探したほうが幸せになれると思います。マイナーだとしても、自分の居場所はどこかに有ります。
mochi@cf-j.com もちづき にメールください。
Copyright © クリエイターズ・フォーラム・ジャパン All Rights Reserved.